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東京地方裁判所 平成3年(特わ)2534号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判確定の日から四年間刑の執行を猶予する。

押収してあるビデオカセットテープ六〇巻(平成四年押第一四九号の1及び2)を没収する。

理由

(犯罪事実)

第一被告人は、Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成三年七月中旬ころ、千葉県市川市〈番地略〉所在ファミリーコーポ一〇一七号室内において、Bに対し、大麻を含有する植物細片約一〇〇グラムを代金三五万円で譲り渡した。

第二被告人は、販売の目的をもって、同年一一月一三日、同市〈番地略〉の被告人方居宅内において、男女の性交、性戯などの場面を露骨に撮影録画したわいせつ図画であるビデオカセットテープ六〇巻(〈押収番号略〉)を所持した。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

1  罰条

(第一の行為)

刑法六〇条、大麻取締法二四条の二第一項一号、三条一項

(第二の行為)

刑法一七五条後段

2 刑種の選択 懲役刑を選択(第二の罪につき)

3 併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四七条ただし書

(重い判示第一の罪の刑に加重)

4 刑の執行猶予 刑法二五条一項

5 没収 刑法一九条一項一号、二項本文

(補足説明)

一  被告人は、判示第二の犯行につき、捜査及び公判を通じて、「〈押収番号略〉の六巻のビデオカセットテープは、〈押収番号略〉のビデオカセットテープからダビングしたもので、それ自体を販売する目的で持っていた。しかし、〈押収番号略〉は、マスターテープであって、それ自体を販売するつもりは全然なかった。マスターテープは、客から注文があった場合にこれからダビングしてダビングテープを作り、これを客に宅配して届けて販売するが、マスターテープの方は、入手してから時間が経っていて、ラベルの貼り替えや手あかが付いたりして汚れているし、ダビングを重ねるうちに画質が低下するので、売り物にはならず、そのようになったら廃棄処分するつもりであった。」旨一貫して述べている。

ところで、刑法一七五条後段のわいせつ文書等販売目的所持罪にいう「販売ノ目的」は、販売することを未必的に認識し、これを認容している場合でもよいと解されるところ、被告人において、ダビングテープを宅配して利益を得ようというのであるから、それがうまく行かない場合には、せめてマスターテープでも処分し、それなりの利益を得ようと本件犯行当時考えていたとしても不思議はないとみる余地もあろう。しかし、被告人の右供述及び前掲関係証拠に照らすと、被告人には、本件犯行の当時、マスターテープについてそれ自体を人に販売しようという明確な意図がないのはもとより、状況のいかんによっては将来マスターテープを販売するかもしれないが、そうなっても仕方がない、ないし、やむをえないという未必的な認識・認容もなかったものと認めざるをえない。ちなみに、所持者の心理内容が、そのような状況になったら、改めてマスターテープを販売するかどうかを決めようという程度のものであった場合に、所持の当時において、販売の目的について、未必的な認識・認容があったとすることはできない。

そうすると、判示第二の事実のうち、マスターテープの所持については、それ自体を販売する目的を認めることはできない。そこで、マスターテープ自体を販売する目的がなくとも、これをダビングしてダビングテープを販売する目的がある場合に、わいせつ文書等販売目的所持罪の「販売ノ目的」があるものとして、同罪に該当するものと解することができるかが問題となる。

二  そこで、検討する。

1  刑法一七五条後段は、「販売ノ目的ヲ以テ之ヲ所持シタル者」と規定している。右条文は、単に「販売ノ目的」といい、その販売の対象を特に限定していない。そこで、わいせつ文書等そのものを販売する目的でそのわいせつ文書等を所持している場合に限定されるのか、それとも、わいせつ文書等の複写物(わいせつ文書等の全部又は一部を複写した物をいう。)を販売する目的でわいせつ文書等そのもの(原本)を所持する場合もこれに含めて解釈することが許されるのか。これが、ここでの問題である。

2  文理上は、前述のように、後者の場合も含めることは、十分可能である。

ところで、同条後段が仮に「わいせつ文書等を販売する目的でそのわいせつ文書等を所持した者」と規定されていたとすれば、条文自体が販売目的の対象物と所持の対象物との同一性を明らかに要求していることになるから、これに複写物も含ませるためには、複写物がその内容及び形態並びに社会的機能等の点で原本と同一視できるものであるといえなければならないことになる。しかし、この場合は、いわば、財物には電気も含まれるかという類の解釈と同じであり、原本と複写物を同一視することは、かなり困難であると思われる。

これに対して、同条後段は、条文上前記のような限定を加えていないから、販売目的の対象物としてどの範囲の物が認められるかを検討すべきことになる。そして、同条後段の行為(販売目的による所持行為)が、それに対応する前段の行為(販売行為)とその法定刑を同じくしていることからして、後段の行為は、前段の行為と刑罰評価において同等のものであることを要求しているとみられる。これは、後段の行為が次の時点で容易に前段の行為に発展するという意味において、その法益侵害の実質的な危険性が直接的であり、かつ、切迫しているからである。後段の行為は、前段の行為の前段階の行為を処罰の対象としているが、その予備罪的なものではないのである。

そこで、この点が、販売目的の対象物の範囲を限定するメルクマールになるというべきである。

3  本件に即して考えれば、複写物を販売する目的で原本を所持する行為は、その複写物自体を販売する行為と比べて、刑罰評価の上で、類型的に同程度の違法・責任の実質を有するものかどうかを検討する必要がある。

ところで、現代社会において、コピー機やビデオ機器の急速な普及にともない、わいせつ図画等を寸分たがわず、かつ、大量に複写することが極めて容易になった。そこで、複写して複写物を販売する目的でわいせつ図画等を所持すれば、それ自体は原本としてのみ使用し、販売の対象とする意思がない場合であっても、その原本から多量の複写物が次々に生み出され、社会一般に流布される危険性が高い。かかる原本の所持行為は、その複写物の販売行為に比べて、その具体的かつ継続的な法益侵害の危険性が総体として高いとすらいえる。したがって、複写物を販売する目的で原本を所持する行為は、複写物を販売する行為と少なくとも同程度の刑罰評価を受けるべき実質を有しているということができる。

そうすると、複写物を販売する目的で原本を所持する行為の限度において、これを同条後段に含めて解釈することは、不当な拡張解釈には当たらないというべきである。

右のような解釈は、原本と複写物との前記の特殊な関係に基づくものであるから、わいせつ文書等を販売する目的でその原材料となる別のわいせつ文書等を所持する行為も、同条後段に該当するといった解釈は、許されない。編集前の生のわいせつ資料やわいせつ文書の原稿等の所持は、含まれないのである。これを肯定する解釈は、後段の行為を前段の行為の予備罪的なものとして構成するものであり、前記の観点からして、不当である。

4  以上の次第で、マスターテープをダビングしてダビングテープを販売する目的で所持する場合には、マスターテープ自体を販売する目的がない場合でも、同条後段の罪が成立すると解するのが相当である。

被告人には、所持にかかるマスターテープにつき、前記一のとおり、これをダビングしてダビングテープを販売する目的があったのであるから、マスターテープの所持についても、同条後段の罪が成立することは、明らかである。

(量刑の理由)

判示第一の犯行は、自己が運転手等として勤務するホテトルの経営者を介して、ホテトル嬢に大麻を譲渡したものであるが、被告人は共犯者と共に一グラムあたり一二〇〇円の利ざやを得ようとして犯行に及んでいること、譲渡にかかる大麻が一〇〇グラムと比較的多量であること、右大麻の一部は譲受人からさらに第三者に譲渡されており、現実に大麻の拡散に寄与していること、被告人には大麻に対する親和性がうかがわれること等に照らすと、犯情ははなはだ芳しくない。

また、判示第二の犯行も、右ホテトルが摘発を恐れて閉鎖され、収入の途を失った被告人が、それまでに入手していたいわゆる裏ビデオをダビングして客に宅配して販売し、生活費を稼ごうと考えて敢行したものであり、所持にかかるビデオカセットテープはいずれもわいせつ性が強いものである上、ダビングテープの販売を反復継続することが十分可能なマスターテープ並びにダビング及び販売用の備品等を質量ともに備えており、反社会性は顕著であり、また、その安易な動機も厳しい非難に値する。

他方、被告人は、本件について捜査の当初から事実を一貫して認め、反省の情が顕著であること、判示第二の犯行については、現実に販売に至る前に摘発を受け、わいせつ図画の流布は避けられたこと、被告人には、軽犯罪法違反による科料の前科が一件あるのみであり、保釈後、自己の持つ技術を活かせる浄化槽の保守点検を業とする会社に臨時雇いとして就職し、真面目に稼働していること、右会社の社長も、将来被告人を正社員として雇用し、監督していく旨当公判廷で供述していること等、被告人に有利な事情も認められる。

そこで、これらの事情を総合考慮し、被告人に主文掲記の刑を量定した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官 原田國男 裁判官 鹿野伸二 裁判官 前田巌)

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